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zoom RSS はるかぜファミリー「みちのく」へ(本編)

<<   作成日時 : 2012/08/21 21:11   >>

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この5年ぶりの家族旅行。
行き先を「東北」に決めた理由がある。

あの震災から1年半近く・・・

個人的な募金を繰り返したり
仲間と協力して募金活動を企画・実施をしたり
復興支援に繋がる物産を購入したり

でも「現地」に足を運ぶ機会が無かった。
いや、無かったのではない。
「勇気」が足りないだけだった。
僕はそんな自分への情けない思いを、ずっと引きずってきた・・・

「この目で見ておかなければ・・・」

録画保存してある震災特集番組を繰り返し観たり
関連書籍を読んだり、写真集を何度も見たり

そんな中でずっと考えていた事だった。

旅行に行ける目処がたった時
僕は迷わず「東北行き」を家族に提案した。
もちろん家族みんなが快く賛成してくれた。

ここからはみなさんもテレビなどで知るであろう、被災地の写真が続く。
それらの写真に僕は言葉を綴っていくことになる。
捉え方は人それぞれだが、僕なりの思いを記す。
慎重に言葉を選ぶつもりだが、思いには正直に・・・

写真が多く、かなりの長文になりますが
お付き合い願えたら幸いです。



まず最初に訪ねさせてもらったのは「宮城県石巻市」
「石巻河南IC」を下り、地図だけを頼りに海沿いへ向かった。
その光景は突然目の前に現れた。
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でも何故か、冷静に受け止められる自分がいた。
それは家族も同様だった。
「凄いね・・・ ここがそうなんだね・・・」

ただこの光景は
この先に待つ本当の「現地」への序章に過ぎなかった・・・

道端にあった場所に足を止めた。
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復興を目指す地元の方々が地元の産物を販売していた。
その反対側に建てられたモニュメント
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ひまわりが眩しく、また不思議な力が伝わってきた。

被災地応援活動のひとつに「ひまわり」を植えたり
また全国から「ひまわりの種」が届いたりしている。
現地の人々の心を癒す意味や
土壌を綺麗にする効果を即す意味もあるようだが
もちろん放っておいて咲くものではない。
世話をする人の手が必要となる。
「かえって負担になるのでは・・・」
そんな考え方をする方々もいる。

でも僕は「この場所」を目の前に、難しく考える事ができない。
実際にこの地で見る「ひまわり」には、素直に元気をもらえた。
そして、元気だけではない「思い」もこの先に・・・

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津波の高さを記したものだが
実際、この倍以上の津波を計測している場所はたくさんある。
でもやはりかなりの高さだ。

この「とまりの駅」の左前方には「石巻市立門脇小学校」があった。
去年の紅白歌合戦で、長淵剛がライブで「ひとつ」を唄ったあの小学校。

ここにも「ひまわり」が。
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この「ひまわり」を手入れしていた地元の女性に出会った。
お話を聞きながら、校舎近くへ案内して頂いた。
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この小学校は「火災」による被害が大きかった。
児童たちは無事だったが、多くの瓦礫や遺体がここに流れ着いたと聞いた。
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当時のままの体育館の中
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卒業式の準備が整っていたという。
子供たちが作ったのであろう・・・
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さすがにこれを目にした瞬間、込み上げるものがあった・・・

帰り際に「ひまわりの種」を頂いた。
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神戸から届けられた品種だそうで
「ぜひ千葉で咲かせて下さい」と、思いを託されてきた。
来年の夏、家の庭で咲かせることが出来るだろうか・・・
不安ではあるが、楽しみでもある。


次に「宮城県女川町」へ向かった。
この「女川町」は600名近くが亡くなり、未だに300名ほどが行方不明。

目の前には穏やかな海が広がっている。
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しかしそのすぐ脇には
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なんとも言葉が浮かばない風景だ。

すぐ裏の高台にはこんな言葉が・・・
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何度も映像で見てきた高台。
ここから移された当時の映像は今でも思い出せる・・・
港町が一瞬で津波にのみ込まれた土地だ。

この後、南三陸町に向かう途中
後部座席にいた嫁さんが声を高らげた。
「あ!あそこじゃない!?」

それは追波湾へ流れ込む「北上川」に架かる橋を渡り切った瞬間だった。

一度は通り過ぎてしまった道を、僕は戻った。
宿泊地への予定到着時間なんかどうでもよかった。
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そこにあったのは「石巻市立大川小学校」
全校児童の108名のうち7割近くの命が一瞬にして失われ
未だに行方が判っていない子供がいる。
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さすがにこれを見た瞬間、込み上げる涙を止められなかった・・・
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ひまわりよ、君も辛いのか・・・
でも俯かないで、前を向いてくれ。
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大川小学校を含む「石巻市」は死者3500人を超えた
行方不明者の数を含めると4000人近い。
この震災による被害は最大級となった街だった。


宿泊地は「南三陸町」
一夜明けた翌朝、ホテルから街中へ向かった。

あまりにも有名過ぎる「南三陸町防災対策庁舎」
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自らの命をかえりみず、最後まで町民に避難を呼びかけた女性職員。
屋上に避難した職員も
写真に写るアンテナに掴まった何人かだけが助かった。
そんなところに注目が集まりがちなこの街だが
被害の大きさは尋常ではない。

「志津川公民館」
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そしてここにも「ひまわり」
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でもそのすぐ脇には、未だに片付けられていない瓦礫
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そしてその瓦礫の脇には
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昭和8年の津波被害時に建てられたものなのだろう。

黄色い自転車にしばし心を奪われる。
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防波堤にはこんな言葉が・・・
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この街の全貌を望みたく
高台にある「志津川小学校」の敷地にお邪魔させてもらった。
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南三陸町を望む
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その小学校脇には「仮設住宅」で過ごす人々がいる。
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この町の最高津波到達は15mにもおよんだ。



これらが僕が見た「被災地」の数々だけど
載せきれないほどの写真がある。
伝えきれないほど思いがある。
書き記せないほどの言葉がある。

この地に立つまで、僕はこう思っていた。
「僕はどれだけ泣いてしまうだろう・・・」

でも思うほどの涙は無かった。

それは「何故だろう」  自分自身に問いかける。
未だに、写真や映像を見ては込み上げてくる感情があるのに・・・

ただここは、あまり自分を追い詰めないほうがいいのだろうと思う。

僕なりにこの1年半、この「震災」に向かい合ってきたつもりだ。
そしてこうして「現地」を身体で感じることができた。

それは嫁さんも子供たちも両親も・・・
それぞれに何かを感じているだろう。

でも僕たちの日常や生活は変わらない。

僕にとって本当の意味の「最初の一歩」を踏み出して
今まで感じていた自分自身へのもやもやは少しだけ消えた。
でも新たな「想い」が芽生えた。

それでいい・・・
それが全てだと受け止めよう。


息子もカメラを必死に向けていた。
岩手県の「気仙沼」「陸前高田」に行きたいと悔やんでいた。

「また来よう」

そう言って彼を納得させた。

それは半年後かも知れないし2年後かも知れない。

行く末は復興したこの土地に笑顔が戻った時に・・・

でもそれは一体、何年後になるんだろう・・・


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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
被災地はまだまだ爪跡が生々しいですね。
復興の一方で被災を忘れまいとモニュメントとして残そうとする気持ちも分かります。
本当に復興成ったとき、気持ちを正してくれるような場所としての残し方をして欲しいと思います。
私は今年も福島と宮城の米を食べることにしています。
勿論お酒もね。

はるかぜさん、是非サイクリングしに行きましょうよ。
ともちん
2012/08/21 21:27
>ともちんさん
「防災対策庁舎」「大川小学校」
これらの存続もいろいろな見解のようです。
これは非常に難しい問題ではありますね。
実際に観光化している感じも受けました。(他県ナンバーの車で来ている人がいっぱい)
僕らも地元の人からみたらその一部だったのでしょうが…

今回の旅行。
自転車を1台積んで行くかどうか考えました。
あの土地を自転車で走り、もっと身近に感じたかった。

いつか一緒に行きますか!
肌で感じなきゃ…
そして地元の人々と触れ合わなきゃ…
はるかぜ
2012/08/21 22:03
お久しぶりです。
とても有意義な旅行をされましたね。

はるかぜさんの気持ちに応えてくれるご家族にまず感動しました。
私もいまだに関連ニュースを見るたび涙が出てきます。

この夏休み、ツアーがあれば孫と行きたかったのですが
自分で動くことができないので、機会を逸してしまいました。
でも必ず行こうと思ってます。
被災地の方も言ってました。
できるだけ大勢の人々に来てもらって、現実を見てもらいたいと
その通りだと思います。
明日は我が身ですよね。
行ったら、ぜひ地元の皆さんとふれあいたいと思います。
さくらえび
2012/08/22 17:23
南三陸行かれましたか。
御存知かも知れませんが、是非この方のブログ御覧になって下さい。
http://hiderinn.de-blog.jp/satouringyo/
SC15R
2012/08/22 20:39
>さくらえびさん
こちらこそご無沙汰しております。

本当はもっと早く行ければよかったのですが、これが僕のタイミングだったのだと思うようにしました。
もしも1年前にあの光景を見たら、逆に僕の心が壊れてしまったかもしれない…
三陸の海は本当に美しかったです。あんな事がなければ心から見惚れたことでしょう…
ぜひ訪れて下さい。
感じることがいっぱいあります。
はるかぜ
2012/08/22 21:07
>SC15Rさん
ありがとうございます。
心に響くブログですね。
時間を掛けてじっくりと拝見させてもらいます。
辛いけど、しっかりと受け止めながら…
はるかぜ
2012/08/22 21:13
東北旅行ご苦労でした。はるかぜさんは感能力の優れた方です。私などは鈍感ですので、津波や燃える海の映像は、すぐに忘れてしまいました。昨年秋に仙台港や港の石油基地を見に行きましたが、最優先で復旧されたあとだったので津波の爪跡は少なかったです。今回見られたのは、復旧が後回しになっている地域なので、まだまだ生々しいですね。仙台のかたからは、気の毒だと遠くで思っていただくより、東北にきて観光して、お土産を買ってほしいと言われ、お酒を買って帰りました。いろんな意味で、東北に行くことが大切でしょう。今回は収穫でしたね。
kincyan
2012/08/23 13:30
>kincyanさん
福島の中学校の校長先生に出会い、そこへの募金を仲間と集めたり、被災地に知り合いや友人がいたりだったので、何も出来ないのですが「身近」に感じています。
今も現地へボランティアに行っている友人がいます。
今まで遠くから「僕にできること」をさせてもらってきましたが、今回現地を訪れて改めて感じました。
まずは「行く」ことですね。
決して遠くはないです。
これからの僕の「テーマ」になりました。
はるかぜ
2012/08/23 20:48
震災からの復旧・復興については、今と
なってはほとんど報道される事がなく、
どちらかというと、個別で前向きな
取組みがクローズアップされています
(それはそれで良いのですが・・・)が、
今回の写真を拝見する限り、何も進んで
いないんだな、という事が改めて認識
出来ました。
自分に出来る事って何なんだろう・・・。
けんぞー
2012/08/25 07:11
>けんぞーさん
被災地の復興・復旧、我が家が購読する新聞にはあの日から毎日、紙面を割いています。
僕の一日はそれを読むことから始まります。
ただ、映像メディアでの情報は減っているのが現実ですね。
そして「何も進んでいない」訳では無いと思います。
現地の人々は前に進んでいるように感じます。それを後押しするものがまだまだ足りないだけ…
「進みたいのに進めない」
でも、政府や自治体だけに求めてはだめなんです。
だって「瓦礫」を受け入れることに反対しているのは、他ならぬ「他県」の一般市民でしょ?
「一緒にがんばろう!」なんてことを本気で思っている人が、実は少ないんでしょうね。
痛みを分かち合えないんですから…
「自分に出来る事」
僕もずっと考えてきました。今も考えています。
でも今回、現地を訪ねて少し判ったような気がします。
「行ってみて」初めて感じることがありました。
うまく言葉では伝えられないけど…

はるかぜ
2012/08/26 23:24
はじめまして。
はじめて書込みをさせて貰います。
この写真は物凄くパンチがありました。個人が撮影した写真は時として生業として写真を撮るプロを凌駕すると思っています。そこにはやはり、撮影者の意思があるのだと思います。この数枚の写真は自分を東北へ向かわせるには充分でした。
今年は残念ながら機会はありませんが来年はぜひ行ってみたいと思います。その際は必ず子供達を連れて行かねばと思っています。
自分達の目で見て、聞いて、感じてほしい。
有難うございました。

メタボレッド
2012/09/14 20:44
>メタボレッドさん
嬉しいお言葉です。
ありがとうございます。

「写真なんて撮っていいんだろうか…」

実際そんな思いが常に過るような光景でした。

ぜひとも訪ねて下さい。
そして出来れば「勇気」を持って、地元の方に話しかけて下さい。
辛いはずなのに、その「思い」を伝えて下さいます。
写真からは伝わり切らない「声」を届けてくれました。

お子様たちもそうですが、メタボレッドさんにとっても「感じる」ものがあると思います。
胸が詰まり、押しつぶされそうになる瞬間の連続ですが、これが事実なので…

訪ねた際には、その時の思いをここに綴って頂けたらと思っています。
お待ちしております。
はるかぜ
2012/09/14 21:12

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