僕とアイちゃんの「赤いロードマン」

僕がその【自転車】を手にしたのは、小学校6年生ぐらいだったと思う。

記憶があやふやなのは仕方ない。
なにせ、30年以上も前の話なのだから・・・

家から歩いて3分。
小学校に通う道端に建っていた木造2階建てのアパート。
その軒先で、時折目にした光景。

それは
ドロップハンドルの自転車を手入れする「お兄さん」だった。

小学5年生の時、両親にねだった「セミドロップ」の自転車。
でも実際に買ってくれたのは現在でいう「ママチャリ」型の5段ギヤ自転車だった。
それでも嬉しくて、乗りまわした。

そんな時期だったと記憶しているのが「お兄さんとドロップハンドル」

いつしか僕は、そのお兄さんと仲良くなる。
経緯は覚えていない。
お兄さんが何歳だったかも知らない。(覚えていない)
でも学校帰りにその姿を見かけると
僕は飽きることなく、そのお兄さんのそばで時間を過ごした。

そんなある日。
「この自転車乗るか?」とお兄さん。
「うん!いいの?」
「自転車好きなんだろ? 新しいの買ったから、これ乗れよ」
(今思えば、サイズも何も関係無しだった)

その会話だけは鮮明に思い出せるのが不思議だ。

高価な自転車を貰う。
子供心に「いいんだろうか・・・」という思いはあった。
でもただ嬉しくて、家に持って帰り、両親に報告。

「アイちゃんだね」

当時、中華屋を経営していた親は、そのお兄さんを知っていた。
時折食べに来てくれていたらしい。
親から改めてお礼をしてくれるとの事で、その「自転車」は僕の物になった。

後日、アイちゃんに聞いた。
「ロードマン」という自転車であることを・・・

赤いフレームでフロントバッグを装着した「ロードマン」

僕はこれまで以上に自転車に乗った。

今でいう手賀沼CR。
南岸側は当時存在していなかったが
北岸の遊歩道は僕らの格好の遊びで、何度も往復した。
布施弁天にも行った。
清水公園にも行った。

アイちゃんとは走らなかったけど
時折、自転車についての話をした。

小学6年生から中学1年生ぐらいの頃だったと記憶している。

でも、いつの頃からか
ロードマンに乗らなくなってしまった・・・

そう。
周りの友達とは違う自転車だったから・・・

そんなある日。
自宅の前の道路で「ある事故」が起きた。

自転車に乗る若者が、車に撥ねられ死亡した。

その被害者が「アイちゃん」だった・・・

当時の僕の部屋の窓を開ければ見える場所で
アイちゃんは帰らぬ人になった・・・

それからしばらくして、僕の父親が他界した。
中華屋は僕の伯父である父親の弟が後を継ぎ
母親と僕ら兄弟は隣町へ引っ越す。

そんな中でいつしか失ってしまったロードマン。

今でも記憶にないのが、その経緯だ。
いつの間にか僕のロードマンは消えてしまった。

でも確かに僕の中には
彼(赤いロードマン)との記憶が残っている。
それはかなり断片的だ。
前記したが、30年以上前の話だから仕方ない。

でも僕が今こうして
自転車に関わる仕事をさせてもらい
ドロップハンドルの自転車に乗っていることは
決して偶然ではないような気がしている。


僕は自転車が好きだった。
何十年かのブランクはあったけど
今、僕は自転車が大好きだ。

画像









ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 5

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス
ガッツ(がんばれ!)

この記事へのコメント

2012年02月22日 23:51
どのようなコメントを残したらよいのか悩みましたが・・・
もし気持ちと時間にゆとりが出来たら、その赤いロードマンを復活させてみたら如何でしょう?
もちろん、当時の彼を手に入れ直すのは不可能に近いと思いますが。。。
でも今なら、既存のバイク達とは違う、彼の本当の魅力が分かると思います・・・というか、もうお分かりになっていると思います。
言うのは簡単ですけどが、でも夢を持つのは良いことですし、しかも“自転車”という製品は、それが叶わない話にならないものだと思います。
「はるかぜ自転車店」は、そんな夢も叶えてくれるお店だったらいいな、と思います。
天国のアイちゃんも、絶対にこの記事を読んでくれていると思いますよ!
さくらえび
2012年02月23日 07:14
おはようございます。

文章から映像が浮かんで、まるでドラマを見ているようです。
こんなすばらしい出会いがあって今のはるかぜさんが
いらっしゃるのね。
まさにはるかぜさんの原点ですね。
はるかぜ
2012年02月23日 21:02
>けんぞーさん
ありがとう、けんぞーさん!(^^)
そうでした…
今の僕には少しですが、知識と技術があるのでした。
赤いロードマンをこの手で復活させることができるのですね。
やります!時間は掛かっても必ずやります!
新しい「夢」ができました(^^)
はるかぜ
2012年02月23日 21:11
>さくらえびさん
コメントありがとうございます(^^)
先日お店に古いロードが持ち込まれ、ふとその頃を想い出し、書きたくなりました。
まさに「はるかぜ自転車店」の原点です(^^)
ともちん
2012年02月26日 20:07
過去の出来事って、自分に都合のいい所だけを思い出せるようになるんだそうですよ。
だから今、自転車がスキで楽しいんじゃないですか?
ロードマン、名車ですよね。
私の原点はレイダックかな。
はるかぜ
2012年02月26日 20:57
>ともちんさん
「深いい」言葉、ありがとうございます(^^)

レイダックかぁ…
やっぱ日本人の自転車原点には
ブリジストンありきですかね~!
ともちんさんのRNC7を愛する一途さ、素敵です(^^)
ロードマン、いつか必ず手に入れたいと思います!
カルミア
2012年03月02日 01:00
その事故は知ってましたが…そんなに深く深く深く、ハルカゼさんに関わってるとは知らなかった。。。けど私も最近、色んな縁を感じて生かされてます。このブログ見る前に、私の中で生まれた言葉ですが…運命って、変えられるけど、何かの縁があり今の私が居る…しみじみ思ってたんです。何年も費やし気づくことが多くて。拒むも受け入れるのも、自分自身だけど…感謝できる気持ちと、流れに身を任せる気持ちが同時に起こると、なんか勇気がわくなぁって…。そんな背中を押してくれる温かい手を感じるブログですね。
はるかぜ
2012年03月02日 21:34
>カルミアさん
こうして自分の運命が繋がった瞬間に気付いた時に、生きてきた意味を感じます。
だから、生きる事って「大切」なんだなぁと思います。

この歳になって僕も少しだけ解ってきた様な気がします。
「生きていなければいけない」
そんな意味の大切さを…
103
2012年06月14日 20:55
今更ながら本エントリーを読ませてもらいました。
全く面識のない「アイちゃん」。
どんな男の子にもちょっと年上の何でも知っているお兄ちゃん的存在のヒトがいたのでは?
そんな人の影響は大きく、親や兄弟が介在できる余地もないほど強いもの。
でも、時間が経てば普通は忘れ去られるものだと思いますがこうしてエントリーに残して、かつ、ロードマンを手に入れたなんて。
素晴らしい。

ボクもつい3年前にレイダックに乗り始めましたが(笑)たぶん、今後どんな自転車に乗ることがあっても大切にしていくでしょうね。
ワンチャン
2012年06月14日 21:25
はるかぜさん、こんばんは!

僕も中1の時だったか、近所のお兄さんにドロップハンドルの古い自転車を貰って、高3まで乗り回してました、、もっと小さい頃にはメンコとか貰ってたお兄さんでしたね。実家のガレージにあったのですが、サビサビになって捨てられてしまいました。

もう、お兄さんの顔も思い出せないし、自転車のメーカーも名前も思い出せないので、思い出の自転車を復活させる事はかないません。

思い出を復活させる事ができるって素晴らしい事ですね。
赤いロードマンとは「アイちゃん」が巡りあわせてくれたのでしょうか?羨ましいです。




はるかぜ
2012年06月14日 22:22
>103さん
古い記事へのコメント、ありがとうございます。
僕のロードマンへの想い、理解して頂きましたでしょうか?
レイダックへの想いと同じです。
ロードマンをこよなく大事に愛してあげたいと思います(^^)v
はるかぜ
2012年06月14日 22:26
>ワンチャンさん
同じような体験をしておられるのですね?

この度こうして「思い出」を復活させられる僕は、幸せ者だと感じています。

人生の「宝物」
そんな思いで、このロードマンを大切に乗っていきたいと思います(^^)v
グフィーパパ
2012年10月06日 16:55
はるかぜさん、遅ればせながら拝見させて頂きました。

赤いロードマンとはこのような縁があったんですね。

縁とは巡り合わせ、または結びつきと言いますが人の力ではどうにも出来ないものだと思います。

人も物も選んでいるようで選ばれているのかもしれませんね。

大事になさって下さい。

この記事へのトラックバック