自分自身への「反省」

今日であの震災から1年3ヶ月。

現地の人々はそんなことに関係なく
痛みを背負いながら、日々過ごしているのだろう。
もちろん、前を向きながら・・・

こういった「区切りの日」だけが全てじゃないのだけれど
直接的な「痛み」を体験していていない私にとっては
「向かい合う日」だと思っている。

でも正直・・・
2012年3月11日(ちょうど1年目)を過ぎたあたりから
自分の心に勝手に「区切り」をつけていた気がする。

決して忘れた訳ではない。

でも、自分の中に占める記憶が
薄れていきそうな気がして怖い・・・

今、この時でも「出来ること」ってあるのでは?
それをもう一度考えてみたいと思う。

「自転車乗れて楽しかった~(^^)」

これはこれでいいのだ!

日々、一生懸命「生きている証」なのだから・・・

ただ、時には考えなければいけないと思う。
「与えられている命」である、という事も・・・

「生きている事に感謝」しながらまた
明日という日を過ごしていきたい。

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この記事へのコメント

2012年06月11日 22:14
「自分に出来る事」の形は人それぞれ
異なるかもしれませんが、決して後ろに
下がったり、“ズボンの裾を踏んだり”
しない事。
ちょっとでも良いので、前へ進むこと
に繋がる行動を取ること。
動きを止めないこと、妨げないこと。
一人で出来ることなんてたかが知れて
ますけど。
はるかぜ
2012年06月11日 22:27
>けんぞーさん
今でも「募金」など
出来ることはたくさんあります。
それらに参加するのも大切ですが
最も怖いのは「薄れてしまう気持ち」

何らかの行動を起こす事よりも
決して「忘れない事」
そして時折でもちゃんと「思い出す事」
それが大切だと考えます。
ともちん
2012年06月11日 23:15
何か役に立とうと思っても、善意の押し売りになりはしないか。。。。と思い続けて、結局いろいろと美味しいもの(桃やら、ワカメやら、お酒やら)を買うことで自分を納得させている意気地なしです。
はるかぜ
2012年06月12日 21:49
>ともちんさん
良いじゃないですかぁ~(^^)/
そういった気持ちが大切だと思います。
決して意気地なしじゃないですよ!
東北には美味しいものがいっぱい有りますものね(^^)

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